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これまでの10年のこと、それぞれのこれからのことをききました。
はじめに なんでインタビューするのかというと、

レトロ印刷JAMは10周年!

たくさんの人に支えられ、10年を迎えることができました。

本当にありがとうございます。

 

と、いろんなところに書いていますが、

入社3年目の私は”10年を支えてくれた人がたくさんいるということ”しか知らないのです。

なんなら、レトロ印刷JAMの10年がどんなものだったかも、知らないわけです。

 

10年間どんなことがあったんですか?って

社長や先輩スタッフに聞いてみてると、話しきれない程のできごとがありました。

(まだ全部は聞けてません。)

 

レトロ印刷JAMのことだけでもこんなにいろんなことがあったんだと考えると、

紙屋さんの10年って?クリエイターさんの10年って?

JAMとの接点がある”たくさんの人”にももっと違うそれぞれの10年があるはず。

いろんな立場からの10年にJAMがどう関われたのか気になってきました。

 

”今までのJAMを支えてくれた、たくさんの人”

全員にお話しを聞くのはむずかしいので(本当にたくさんいらっしゃいます。)

JAMと関わりが特に深い10人に10年のこと、

そして、みなさんのこれからのことをき聞いてきました。

 

イベントの開催までの間、このページで全10回の連載をしていきますので

みなさま自身の10年も思い返したりしながら、読んでみてくださいね。

インタビューをすすめる前に まずは、創設者2人にききました。
レトロ印刷JAMの創設者 山川さんと小林さん

18年間、一緒に印刷の仕事をしている2人が、10年前にレトロ印刷JAMを作りました。現在は、山川さんは大阪のJAMで、小林さんは台湾のJAMでお仕事をしています。(たまに帰ってきます。)

クリエイターさんが喜んでくれるのが嬉しくて ”レトロ印刷”になれた。

10年間どうでした?

それまでの7、8年間、ずっとスピード印刷としてやってきた中で、

クリエイターさん向けの印刷屋にすることは不安で不安で仕方なかった。

自分自身はクリエイターじゃないからね、そもそも印刷というものにこういった価値観がなかった。

今までの感覚からしたら、マイナスやん。「ずれる・かすれる・落ちる」って。

そのマイナスポイントに、どこまでのニーズがあるのかなんて、当初は想像できなかったな。

でも使ってくれてるクリエイターさんは、すごい喜んでくれはるねんな。

こんなに喜んでもらえるんやって思えて、それが嬉しくて”レトロ印刷”になることができた。

いろいろあったと思うのですが、いちばん印象的なできごとって何でしたか?

本当にいろいろあったけど、最近のことで言ったら、10年前に夢みたいに話してた海外進出。

オリジナルの紙をつくることも、海外に行くことも、夢みたいに話しとったのに、

この10年で叶ったのは、嬉しいな。

今となっては、オリジナルの紙があって、インクがあって、広いお店も、うちだけの商品もある。

海外にもお店を持つことができた。

何より、毎日全国から印刷注文してくれはる人がたくさんいる。

ほんまたくさんのクリエイターさん、お客さんに支えられた10年やな、ほんまにありがたい話やな。

 

挑戦してほしい。

10年後はどうですか?

”クリエイターさんを応援する”会社である、そのことは揺るがないから、もっとつきつめたい。

いろんな角度から応援したい。今は印刷、紙やインク、場所とかで関わっているけど

もっと、もっと、何かできるはずやねんな。

 

会社としては、常に新しいことに挑戦していきたい。

印刷でもなんでも、新しいことはしていかないと、その先にまた新しい発見とか発想があるから。

10年間やってきてわかったことって、

ものごとはやってみて、はじめてわかることの方が多い、ってことくらいやな。

そういう意味では、スタッフのみんなにも多少失敗してもいいからなんでも挑戦してほしいって思ってるよ。

使ってくれているお客さんはレトロ印刷で挑戦してくれてるからね。

いろんなインクも紙も、新しい素材としてもっとものづくりに取り入れてもらえるようにして、

作品づくりに、DMでも、イベントのチラシでも、

JAMで何かつくるときに挑戦する感覚でやってもらえたらいいかな。

自分にはクリエイターみたいな価値観はないし、自分ではできないことやから。

どうにもならなそうなことに挑戦するドキドキ感、ワクワク感。

それがなくなったときが引退やな、っと思ってる。

多少、先が見えないことの方がいいよな。

レトロ印刷JAMになりたての頃
「レトロ印刷」の会社をするってのは冒険だった。

10年間どうでした?

スピード印刷をやってたから、それも含めたら18年間。

はじめは、スピード印刷JAMだったからね。とにかくスピードが速い安いが売りの印刷屋だったんだよ。

 

あるクリエイターさんが会社に1台だけあったリソグラフ(デジタル孔版印刷機)で、

2色刷りをしたい!とリクエストをくれて、作品を作ってくれたんだよ。

印刷としてはマイナスポイントである「ズレる・かすれる・インクが落ちる」そこを喜んでくれたんだよね。

そのクリエイターさんが作ったものを見た他のクリエイターさんがまた興味を持って、使ってくれる。

そこからの繋がりで孔版印刷を新しい視点で評価してくれる人が増えていった。

何よりクリエイターさんがみんな仕上がりを喜んでくれたのが嬉しかったな。

 

その当時、注文の8割を占めていた大量の企業広告の仕事。クリエイターさんの仕事は2割程だった。

でもスタッフにきいたら、クリエイターさんを応援する仕事がしたいって言ったんだよね。

2割を一生懸命やるって、中々だよ。レトロ印刷の会社をするってのは冒険だった。

とはいえ、正直なところ、スタッフみんながそっちがいいって言うのはわかってたし、

自分の中では決めてたけど、厳しくなるよ!っていう意味もこめて確認したんだよ。

小林さんは確信があったんですか?

確信ていうより、それしか印刷で生きる道はないって思ってたからね。

そのときにレトロ印刷へ、舵をきった。

孔版印刷を文化として未来に残したい。

小林さんは台湾に行ってみて、海外にお店をだしてみて、どうですか?

今、海外で、リソグラフを持っているところは、クリエイターの人が自分のスタジオに持って、

自分たちの制作の傍らに、リソグラフでの印刷の注文を受けているスタイルのところが多い。

JAMみたいに、広くみんなに使ってください!っていうところは、多分どこを探してもないんじゃないかな。

 

だからJAMが世界に行けば、もっともっとリソグラフを使える人が増える。

リソグラフを、孔版印刷の文化を広めるにはJAMが行くべきやと思う。

でも、ただ海外にお店を出すだけになると、今リソグラフをもっているところを潰しかねない。

そこでのリソグラフの印刷っていうのが、生き残らなくなってしまうねんな。

だから、JAMと同じような考えのところや、人とは、一緒にできたらいいなと思ってる。

もっといろんな人に使ってもらいたいって思ってる人たちと一緒にやりたい。

 

そうやって俺は、孔版印刷を文化としてを未来に残したいと思ってる。

リソグラフには伸びしろがある。まだまだ伸びしろがある。これ以上のものが中々ない。

これに勝るものもでてこないし、廃れる要素がのないものであると思ってる。

印刷のビジネスの世界ではもう無理だと思うけどね、インクジェットには敵わないよ。

早いし、正確だし、安くできてしまう。

でもこんなにJAMを使ってくれるクリエイターさんがいるからね。必要とされてると思う。

入稿方法も他より、少しハードルが高いし、思った通りの仕上がりになるかも確信はもてない。

でも、思った以上になるときもある。こんな楽しい印刷はないよ。

 

だからこそ、いろんな人がリソグラフを使えるようにならないとあかん。

でないと未来に孔版印刷を残せない!

自分たちがはじめたことが未来に残らないなんて、さみしいじゃない。

JAMではじめての製本注文をしてくれました。

MONさんにきくZINEのこと

インタビューをすすめる前に

まずは、創設者2人にききました。

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